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恩送りのお年頃

2009年09月26日からブログをはじめ、501回目の記事ですキラキラ

 

ブログに来て下さる方々に感謝いたしますラブ

 

今日は、「恩送りのお年頃」と題してスミトンの思いを聞いてください。

2月には書くね〜と言いながら、今になった記事です顔

長い文だけどね、最後まで読んでくださいね。

よろしくお願いします。

 

 

スミトンは、キルトやバッグ作りをしていた事で、沢山の方々と出会い、今では先生と呼ばれる立場にもなりました。

 

キルトを介してHIVの啓もう活動をはじめに、9.11アメリカ同時多発テロや 3.11東日本大震災など、沢山のボランティア活動もしました。

ホビーショーでは場所を頂き「キルトでいのる」のボランティア活動もし、これらの活動を通して異業種の人とも知り合いました。

一部では、ボランティアおばさんと呼ばれていますが…アハハハァ〜-▽-

 

キルトの本も、日本とアメリカで出版する事も出来たし(英語が堪能な友人のお陰です)、ミシンキルトの分野ではそこそこ名前も知れ、企業とのお付き合いも出来ました。

 

キルトに必要で、作ってほしい道具が有れば、相談に乗って下さる企業も有りますゆう★

 

国内はじめ、アメリカAQSをはじめ、カリフォルニアのキルト展やハンガリーのキルト展・韓国等講師として招聘されました。

キルトだけの招待は上記の国だけでなく、イギリス・オーストラリア・フランス等いろんな国で見て頂きました。

キルト雑誌にも多く取り上げていただきました。

 

これらは、キルト作りをしていてのご褒美だと思う事の一つですキラキラ

 

何もスミトン 自慢しようとこれを書いているのではありませんので、もう少し読み進めてください苦笑

 

もちろんキルトの指導は、免許が必要で無い時から始めたという事もラッキーだったかもしれません。

 

何度も書いていますが、スミトンは海外と同じで、本当は免許等必要ないと思っています。

 

例えば、ウォーターカラーのテクニックを開発したら、それを教えると言うのが本当の指導者の姿だと思ってるけどね…

日本は、なんでも免許だものね〜

免許持ってても良い指導者とは言えないのにね…顔

「免許が有るからここまで伸びた」という人もいますが、昨今のキルト離れを見ると、そうとも言えないと思うけどね苦笑

 

引きこもりのスミトンが、日本キルターズ協会(現在は、会員ではない)の立ち上げに参加した事も、ここまで来た要因の一つかもしれません。

 

バッグ作りは学校にも通い免許もとりました。

 

バッグつくりを極めたいと思い、新宿に有った日本アートスクールに行き学びました。

今から40年以上も前の話です。

学びに行けたのも、当時幼稚園の年少さんだった娘と幼稚園に行く前の息子を一日預かってくれた友人のおかげでもあります。

 

幾つものかも〜かも〜が重なり、そして何よりも友人や生徒に恵まれたという事と家族の理解がないとここまでこれませんでした。

 

掃除も片付けも出来ないスミトンを家族は、見守ってくれました顔

とりわけツレ(故人)は資金援助もしてくれたし、自分の思うようにしなさいとも言ってくれました。

スミトンの実家も大なり小なり援助をしてくれたよ〜

これは大きいですキラキラ

 

これら全てが相まって、現在の『嶺井壽美子』が出来ていると思っています。

 

2月28日で70歳になったスミトン

 

そろそろ「恩送り」するお年頃?になったのかなと思います。

恩返しとは少し違うかな

 

「恩送り」とは江戸時代から有る言葉ですが、誰かから受けた恩を自分は他の人に送る。

送られた人はさらに他の人に送る

 

「恩返し」は受けた恩を受けた人に返すのが恩返しです。

「恩送り」と「お恩返し」は似ているようで少し違うでしょニコ

 

若い人には英語の「pay it forward」と言う言葉の方が理解しやすいのかもしれませんね

スミトンには発音もおぼつかないけど〜-▽-

 

小さい頃から「情けは人のためならず」と父に言われてきたスミトンです。

 

情け親切は巡り巡って自分に戻ってくると…

また、戻って来るから親切にするのとは意味が違う、見返りを求めてはいけない…と教えられてきたよ〜

真逆にとらえる人が多い言葉だけどね〜苦笑

 

「実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな」

この言葉だって父に言われても、子供の頃は意味が分かんなかったけど、さすがこの年になるとわかるよね〜えへ

 

このように育ってるから、ボランティア活動もスーッと出来たのかな?
 

 

東日本大震災の時に上条恒彦さんが歌っていたので聞いたことが有るかもしれませんが〜

この詩がまさに恩送りの歌だと思います。

 

生きているといういうことは

誰かに借りを作ること

生きていくということは

その借りを返していく事

誰かに借りたら 誰かに返そう

誰かにそうして貰ったように

誰かにそうしてあげよう

 

元をたどれば永六輔さん作詞で、中村八大さん作曲で1974年に永さんが歌っていたものです。

永さんが歌ってるのがYouTubeに有るから一度聞いてみてください。

もっと先が有りますから〜テゴシマーク

 

 

という事で、以前から70歳になったら、1〜2か月に一回ほど、自分の知っているノウハウをブログ等で教えていけたら…と考えていた事をこれから実行しようと思いますゆう★

もちろん、まだ生徒もいるので、現在教えていることを伝授する事は出来ませんが…

正直 スミトン、お小遣いも欲しいしね〜ワハハハァ〜-▽-

 

過大な期待をしないでくださいね〜

端切れのテープを作る…と言うような些細な事から始めたいと思いますkyu

 

当然皆さんが知ってる事ばかりかもしれませんが、スミトンの恩送りの始まりです!

 

「恩送り〜No.1」から始めていきます。

沢山のナンバーまで行けるよう、健康にも気を付け、長生きするからね〜えへ

娘よ よろしくね〜お財布…笑顔

 

 

PS:今回まじめな話?で写真が全くなかったので…

 

サガリバナ

 

スミトンがいずれ見たいと思っているサガリバナ

写真は沖縄名護市の義妹の家の下がり花です。

一晩で咲き翌朝には散るサガリバナ

そのうちサガリバナの時期に沖縄に行きたいな〜ラブ

 

 

 


博多曲物

書く事が全て1か月遅れになってるよ〜ゆう★

 

先月初め 1日〜3日まで二泊三日で福岡に行って来ました。

教室のほかに、見たい物が有ったのでいつもより一泊余分に泊ったのです。

 

福岡に曲物(まげもの)が有るのをテレビを見て初めて知りましたっマジで

 

博多曲物3

 

それもスミトンが教えに行っている粕屋郡志免町にです〜顔

 

スミトン「曲げわっぱ」は、秋田県大館にしかないと思っていたのよね

 

調べたら呼び名が違うけど、青森・秋田・静岡・長野・三重・福岡といろいろあるので驚きました!

 

テレビを見たらどうしても福岡の曲物が見たくなったのよね〜

 

それで生徒に頼んで、博多曲物「玉樹(たまき)」の工房に連れて行ってもらったのですが、18代目が女性である事も驚きでした。

筥崎宮の神具として奉納された事や茶道具として人気が有る事などのお話や作業工程を見せて頂いたのですゆう★

 

博多曲物1

 

スミトンが驚いたのは、絵が描かれていた事でした!

 

絵が描かれている曲物を見るのが初めてだったので、なんだか新鮮でしたよkyu

 

沢山陳列されてはいましたが、即購入できるものは無く、人気で何か月も先にならないと入手できないとの事です。

 

18代目は、新しく組子作家とコラボ作品にも取り組んでいると話されていました。

 

伝統工芸も伝統を守るだけでなく、時代に有った新しい物を取り入れて、これから先も代を重ねていくんだよね〜

 

博多曲物2

 

良い物を見せて頂きましたラブ

 

スミトンの写真があまりにも見にくくピンボケでした(笑)

曲物の作品は、下記でみてくださ。

博多曲物「玉樹(たまき)」の皆様ありがとうございました。

 

お邪魔致しました。

 

曲物の後 次の会場に向かいました。

 

今日は、夜までスケジュール詰まっています苦笑

 

では、次に〜

 

 


辻堂東海岸の友人

先月 栄養学校の友達5人で、辻堂東海岸の今は亡き友人宅に行って来ました。

 

実は、スミトンの身体を心配して、いろいろ健康グッズを送ってくれた友達Kさんが暮れに亡くなりました。

 

あまりにも突然で言葉も出ませんでした。

 

長年していた健康のためのフラダンスのお稽古の後、体調を崩し、疲れたからとベットに入り、夕飯も食べないで

翌朝多臓器不全で亡くなったんだよね…

悲しいよkyu

 

人の人生ってわからないよね。

あんなにスミトンの事を心配し、元気だった彼女が真っ先に行くなんて…

訃報がはいった時、驚いたなんて言葉では表せないよ

 

彼女自身も、まさか亡くなるなんで思ってもいなかったと思います。

 

仕事の都合で、葬儀に出れなかったスミトン

彼女のご仏前に、お参りさせて頂きに家に行ったのです。

 

仲間たちと、沢山たくさん彼女の話や学生時代の話をしてきました。

 

友達は、鹿児島・長野・秩父・アメリカシカゴ・東京(スミトン)と、離れて生活していますが、会えば学生に戻り(ひよっこで書いた)、そこから近況報告が始まり、話は尽きません。

 

栄養学校の友達

 

二年前はこんなに元気だったKさん(前列右側)

この写真だって、彼女が送ってくれたんだよね

この時、スミトンの方がくたばりそうだったんだよね〜

秩父のMさんは、写真を撮ってくれていたので写っていません。

 

データーでは無く、写真を写したので少し変ですが…

 

人の死は、2度有ると言います。

一度は肉体の死

次は、皆から忘れられ、話題にもならなくなった時だそうです。

 

もちろん家族がいるから、いつまでも忘れ去られることは無いけれど、我々仲間もいつまでも彼女の事を話すし思い出すよ〜

 

とりわけスミトンは、正月の箱根駅伝を応援しながら思い出すねニコ

 

毎年、駅伝を見ながら茅ケ崎が映し出されると、彼女にメールしてたんだ。

今貴女の家の近くを通り過ぎたね〜なんて書いてさぁ〜2日間もさぁ苦笑

 

もうメール送る事は出来ないけれど、心のメールを送ります。

 

70歳になったらいろいろ一緒に出来ると思っていたのにね!

貴女に頂いた健康グッズ いつも足に巻いているよ。

 

歩かなきゃだめだと注意されたけれど、これからは少しは歩くよ

貴女の分も生きて、世の移り変わりを今度あった時には、報告するねテゴシマーク

 

あ、しなくっても、もう眺めてるか〜

「スミトンの馬鹿 掃除もしないでテレビ見ながらうたたねしてるよ」と〜顔

 

なんだか雲上人が増えて来たよ〜がっかり

悲しいけど、スミトンもそんな年になって来たんだね

 

仏前でお参りしたらご主人が、これからお墓を建立する場所で彼女が眺める景色を見てほしいと、墓地や鎌倉を案内して下さると言うので、お願いしました。

 

スミトンは、御主人と会うのは初めてでしたが、他の人達は旧知の仲らしく、思い出話をしていました。

 

墓地の場所は、江ノ電の腰越駅の近くの山の中腹にありました。

 

 

海が一望でき、遠くには富士山も見える良い場所でしたが、なんだかスミトン、写真を撮る事出来なかったんだよ

 

悲しいね〜本当に彼女はいないんだよ…泣

 

でも、海のない長野から東京に出て来て結婚し、御主人の仕事の都合で各地を転々として、海が好きで海の近い辻堂東海岸に家を建てたKさん。

お墓も海と富士山が見える希望通りの場所に、御主人が建立してくれるんだよね!

 

一緒に住んでいた三男のお嫁さんが別れ際に「お義母さんが亡くなる一か月前に、私は思い残す事何もないんだ」と話していたと聞かせてくれました。

 

Kさん、幸せだったんだよね〜

 

ご主人との出会いも凄いストーリーだよえへ

ご主人より先に、お姑さんとデパートで同じ商品を手にした事から始まり、挨拶をして別れたけれど、月日を改めまた偶然お姑さんに出会い、勤め先を聞かれ、ご主人と結婚する事になったんだって〜

ロマンだよねゆう★

 

良いご主人とお嫁さん、子供・孫に囲まれて満足してたんだよね

 

だけど、言霊って有るんだよ〜

思い残すことが無いなんて言わずに、ようやく歩き出した孫の成長を見ても良かったんではないの?

 

孫に、貴女の記憶を残しても良かったのに〜

残念だよ…kyu

 

 

 


お疲れ様会2

昨夜のストロベリームーン見ましたか?

アメリカで苺の時期に赤みががかって見えることから、この満月をストロベリームーンと呼ぶらしいです。

好きな人と見ると恋が成就すると言われているらしい?

別名「恋をかなえる月」って言うんだってえへ

娘にこのことを書いて「帰りに見てね。アベックで見ると良いんだって〜。あんたには関係ないか?」と送ったら「せめてカップルと書いてよ」と返事が来た。

アベックは、古いのか〜アハハハァ〜苦笑

見損ねた人は来年見て下さい。

 

ストロベリームーン

 

写真を撮ったけど、周りが明るすぎて綺麗に取れなかった〜

下手も有るけどね…苦笑

 

話はそれたけど〜前回の続きです。

 

スミトンは、赤松さんと知り合ってから、クロバー(株)のいくつかの商品にかかわらしてもらったよゆう★

 

はじめは、キルター用の定規15×60僉■隠記×30僉■隠記×15

皆さんも一度は目にしているのではないですか?

黒で線引きされている定規です。

ブラザーミシンを購入したらミシンキルトセットとして付いてきた定規ですニコ

 

そして、キルターなら一度は目にしている?手にしているダブルテープメーカーなどもアイディアを出して出来たものです。

 

このころスミトン、セルティックキルト作りにはまっていたのよね〜kyu

まぁ〜テープメーカー無くってもスミトンは待ち針3〜5本使ってダブルテープメーカと同じように両面テープ貼ったバイヤステープが作れてたんだけどねテゴシマーク

きっと皆さんは、待ち針の方法を知りたいと思うけどね〜

秘密です〜ワハハハァ〜笑顔

 

下記のキルトは、AQSのミニキルトに入賞した「地球の子供たち」51×51僂任后

 

 

セルティックキルトのミニキルト

 

今はやめていない開発のKさんに、スミトンのやり方を見せて、既存のテープメーカをこうしたら良いのでは?とアイディアを出し、作ってとお願いしたんだよね〜

 

それからKさんと、いろいろアイディアを出し合って、商品が出来ていったよキラキラ

 

スミトン Kさんとうまが有ったんだよね〜

その時の岡田冨二社長も良かったよ〜

こんな言い方すると、今の社長が悪いように聞こえるけど、良い人だよ〜えへ

 

まぁ〜あれもこれもとは言わないけれど、色々とスミトンが出したヒントから、Kさんが頑張って商品にしていったよ

 

こんな事出来たのも、赤松さんと知り合ったからだよねkyu

 

なんだか、飲みながらいろんな事が走馬灯のように思い出されたよ

 

楽しい時間だったよ〜赤松さんに感謝だよラブ

 

お疲れ様会1

 

閉会した後、赤松さんと日本酒を飲もうと新たなお店に5人で行きました!

 

話が盛り上がり、時間はあっという間に過ぎさり解散〜

 

池袋に着いたら終電が保谷行き〜

立川のMさんが乗る秋津迄の電車がないのよね…汗

 

保谷からタクシーで帰宅したよ、Mさん…ゆう★

 

翌朝、「何十年ぶりかのタクシーで帰宅。楽しみと交換したので納得」とメールがきました汗

 

若い子たちに囲まれ、赤松さん嬉しそうだったよ〜kyu

 

だけど、毎日が休日だってさぁ〜

 

赤松さん連れ出すのに七夕の頃、ビールを飲んで暑気払いしないとね〜ビール

ただいま計画進行中です笑顔

 

 

 


お疲れ様会1

先月の13日 JR東京駅 八重洲北口2階に有る「THE OLD STATION」で長年クロバー株に勤めた赤松さんの退職・お疲れ様会をしましたゆう★

 

お疲れ様会4

 

赤松さんを慕う人たちが、会社とは違う枠で集まったのです。

 

30人も集まったのですキラキラ

私たちの集まりの前に、ニットの人達でのお疲れ様会も有ったのですから赤松さんを慕う人がいかに多いか〜

人望の厚さが一目瞭然。

 

お疲れ様会2

 

普通は、会社でのお別れ会で終わりなのですが…

 

私たちにとって、手芸をしていくうえでクロバー(株)と言う会社は大切です。

しかし会社で働く個々の人達で、会社が成り立ちます。

会社の中にこんなにも皆から慕われ信頼されている人がいるという事は、素晴らしい会社だな〜とスミトンは思うのですよえへ

 

お疲れ様会3

 

会社にとっても大きなメリットで、辞めるという事は損失でもあると思います。

赤松さんが抜けた後を埋めるには時間が掛かるけれど、一人でうめれる人は出ない様な気がします。

 

赤松さんは、普通に退職した後、乞われて74歳まで務めたのですキラキラ

 

4人の社長に仕えています〜

これだけ聞いても会社に必要とされてきたことが理解して頂けると思います。

 

私は、赤松さんと知り合い31年になります。

 

30人集まった中では、一番長い付き合いになるかな〜という事で、一言祝辞を述べる大役を仰せつかりました。

なんて大層な事は言わないけれどもね〜kyu

お互い長く付き合うと色々有りますよ

 

赤松さんの毛髪は、前から頭頂部にかけてだんだん薄くなって行ったし、スミトンは、体重増加が止まらない苦笑

 

出会った頃は、9号のスーツがゆとりで着れたのに、今では軽く15号を超え、それも怪しくなってきたよ〜トホホだよ悲

 

彼は1万歩以上は確実に歩くのに、スミトンは、平均1000歩ほどかな〜汗

だって家から出ないんだもの、どこ歩くのよね〜

これが太る元かな?

 

この続きは2で!

そして、2に行く前に今回幹事をしてくれたのはminamiwaの二人ですゆう★

 

miwamiwa

 

彼女達は、東京中心にニットカフェ・ミシンカフェ・キルトカフェなどのイベントを企画、ニットカフェの運営セミナーなどを活動をしています。

資格や技術を持っていてもなかなか独り立ちするのは難しいですよね〜

そのような人たちが、若い二人のノウハウで、

自分の技術をお金に換えることが出来るって、素晴らしいよねゆう★

 

若い二人が、ハンドメードワークショップを広めてくれるのは、嬉しいですね〜ラブ

 

ブログ覗いてみたください。

minamiwaニットカフェ

 

彼女たちの企画で、東京のどこかで毎日のように、講習会が開かれていますよ

 

師弟関係などが煩わしい人は、一度彼女たちのニットカフェを覗いてみてください。

 

後腐れの無い、手芸仲間が見つかるかもしれませんkyu

 

 

 


富山に行って来たよ〜クラフト立山

福光美術館の「美を綴る Art Quilt展2017」の中で、グループ展「中村登志子とキルトスタジオ志布の仲間たち展」や彼女たちに会いたく、急きょ富山に行くことにしましたゆう★

 

27日北陸新幹線に乗りながら、母ちゃんの事を思い出していたよ〜

北陸新幹線は、今年開通二年目を迎えました。

 

「母ちゃん新幹線開通したら、富山に行くの楽になるからね〜」と話したら、「もう新幹線通ったとテレビで言ってたから、簡単に来ることできるよ」と試運転のニュースを見て話す母ちゃんです。

 

開通前の四月に母はなくなりましたkyu

 

北陸新幹線に乗るたびに思い出すのです〜

少し乙女になるスミトンです苦笑

 

着いた日は、立山町野沢1に有る「立山総合公園」で「立山craft2017」が有ると言うので見に行きました。

今年で三年目だそうで、わが町でこんなしゃれた事をしているとは、思ってもいなかったよマジで

 

立山craft2

 

立山craft

 

野沢にこんなしゃれた公園が出来た事も知らなんだ〜

 

そりゃそうだね、富山に帰っても引きこもってるんだから、いろいろ知ろうともしなかったよ

郷土愛が薄いスミトンです顔

 

立山craft

 

立山craftはしゃれたテント1つが、1ブースらしく素敵で見やすかったよ!

 

ブースを出す人たちは、県内外から参加を募り、審査を通過したクラフト店と飲食店100店が集まったんだって〜キラキラ

Tシャツアート展も開催されていたけど、これは高知県のを思わずパクったのかな???なんて、独自性がないとスミトンは思ったけど、高知の事を知らなければ、空間を埋めるには良いアクセントになったのかな〜?汗

ひょっとしたら高知と連動しているのかも知れないが…

 

Tシャツアート

 

作家と来場者の交流が出来、作家に気軽に作品の事を聞けるのは、双方にとって良い事です。

地域活性化にクラフトをつなげるのは、良い方法ですゆう★

 

俵づくり

地元の山崎さんがミニ俵のデモンストレーションしていました。

写真足らせて下さいと言ったら、ポーズをとってくれました。

 

山の中に有る公園なので、車で行くしかないのですが、シャトルバスが出ていて、これも驚いたよ!

 

これから回を重ねるごとに大きくなるのかな?

楽しみですラブ

 

オリガミデザイン

 

写真にある折り紙のカードケースが面白そうだったので、買ってきました〜

可愛いライトも売ってました。

ホームページもあるので見てください。

 

オリガミデザイン http://origamidesign.info/

 

 

興味のある方は、「立山craft2017」のページも見てください。

金儲けに行こうと言うのでは、無理かもしれないけれど、富山観光のついでに綺麗な空気を吸おうかな?と思う方にはお薦めかな〜

こんなこと書くと、実行委員の方々から叱られるかもしれないけれど、東京ドームのイベントとは確実に違うと思いますえへ

 

 

 


ひよっこを見ながら自分と重ねてみる2

スミトンひよっこのタイトルバッグが好きなんだよねkyu

 

何故、このように考えられるのか、不思議だよ〜

 

日常に有るものを、別の物に見立ててって表現はなかなか出来ないよ。

 

出演者の名前がない物を欲しいくらいだよ苦笑

 

ひよっこ4

 

ミニチュア写真家の田中達也さんの世界に映像監督・森江康太さんがCGで動きをプラスした物なんだって〜

 

コッペパンが新幹線になってるし、セーターが野球場になりボタンがベースだよ〜

 

ひよっこ5

 

靴ブラシが稲だもの〜

ジッパーが線路だよ!

あげたらきりがないよ〜

凄い凄い凄いよねラブ

 

どの様にしたらこのように考えられるんだろう…と思って見てるよ

 

 

そうだ! 父ちゃんから毎月1万円仕送りされてきてたけどね

それは、食費含む寮費は、3000円だったかな?

残りはこずかいに消えていたよ〜

 

足りなくなると電話して送って貰っていた馬鹿スミトン…

 

スミトンだけでなく皆、親から1万円仕送りされてきたんだよ〜

 

何故お金がかかるかと言うと、先輩たちが歌声喫茶に連れて行ってくれたのよねkyu

新宿の「灯」なんかにね〜当時 沢山歌声喫茶は有ったのよ

だから、片っ端から制覇したんだね〜仲間でね

ロシヤ民謡大きな声で歌っていたよ〜ワハハハァ〜-▽-

 

歌声喫茶だけでなく、田舎から出て来ているから皆東京の観光地・有名食事処に行くんだよね〜

「いづれ地元に帰って結婚するから今の内に」って皆思っていたのでね〜

田舎で育ったスミトンには、東京で見る物全部新鮮だったよゆう★

 

 

卒業し、東京の病院勤めして始めてもらったお給料が1万8000円、ここで初めて分かったよ

 

親の有難みがね〜

1万円稼ぐのって大変だという事をね〜

馬鹿だよね汗

 

 

翌年には、なんだか政府のお陰か分からないけれど、給料が倍になったんだよ!!

所得倍増だよ〜

本当にさぁ前の月が18000円で、次の月がいきなり4万円近くになったんだよマジで

 

スミトンだけでないよ〜

病院に勤めてる人全てだよ!

今の時代、個人的に所得倍増は考えられても、社会全体でなんて考えられないでしょ?

 

不思議な時代だったんだよね

 

最近生徒達と話すのよね、この時代の事をさぁ

 

そして「先生は恵まれていたのです」と言われるんだよね苦笑

父ちゃんが送ってくれた1万円も、とんでもない価値のお金だということもね…

両親に感謝しないとね〜

今度墓参りに行ったら線香多めにあげよ〜っと

煙たいと怒られそうだけど汗

 

 

だから、みね子のお給料を見て驚いたよ!

手取り6000円、それも5000円を仕送りするんだよ〜

足りないと父ちゃんに催促するスミトンと大違いだよ〜トホホだよゆう★

 

スミトン恵まれていたよね〜

本当に生徒の言うとおりだよ苦笑

病院勤めでもらうお給料も、寮住まいで三食付き・ボーナス年2回、手取りで18000円は、恵まれていたんだってわかったよ〜

今頃ね汗

 

この給料がどのように消えたかは、またいつか書くね〜

堅実的な使い方ではない事は明らかだよワハハハァ〜-▽-

貯金と言う単語を知らなかったもの、スミトンは!笑顔

阿保スミトン涙

 

 

これからみね子は、どのような人生を切り開いていくのかね〜

応援したいよね

 

自分の過ごした時間と比較してみて行こ〜っと

キット自分の馬鹿さ加減に耐えられないかもしれないけれどね苦笑

 

※スミトンの一押しは、青天目(なばため)澄子を演じる、松本穂香さん。

女優としてどのように成長するか、楽しみなんだ〜

 

 


ひよっこを見ながら自分と重ねてみる1

毎朝見ている『ひよっこ』の『矢田部みね子』の生きてる時間は、スミトンと重なるんだよね〜ニコ

 

まぁ〜みね子は、スミトンより1学年上だけどさぁ〜

 

東京オリンピックの時は、高校二年生。

「二度と東京でのオリンピックは見れないから、家に帰ってテレビを見なさい」と言われ、登校してすぐに帰宅させられたよテゴシマーク

 

「先生達は親切だよね」と友達と話しながら帰宅しましたが、今考えると先生たちもテレビを見たかったんだよね〜アハハハァ〜-▽-

 

でも、2020年にまた東京オリンピック有るんだよね〜

スミトン、またテレビ見ながら応援してるよね〜

二度見れないと言われたけれど、健康に注意してると見れるよね〜嬉しいね笑顔

 

 

みね子が上京した翌年にスミトンも上京したよ〜キラキラ

上野駅には、子供の靴磨きもまだいたよ!

 

スミトンの上京のいきさつは…

父ちゃんに「富山大学に行ってくれたら助かる」と言われたけれど、行きたい学部が無かったんだよね…残念

と言うより入れる頭がなかったのかもしれないけれど〜ワハハハァ〜涙

 

で、富山大学と言う選択技をスミトンは、しなかったんだよ〜

出来なかったんではなく、しなかったんだよ〜

真実は、藪の中…にこ

 

スミトンは、単純なんだよね。

白衣を着る仕事がしたくって、でも医者になる頭は無く…

しかしながら看護婦さんの白衣ではない白衣が来たかったのです!!

 

そして、栄養学と言う学問を確立させた佐伯先生にあこがれて学校を選んだのです。

 

父ちゃんに「二年制の栄養学校受かったからお金振り込んで、そして東京に行くよ」と話したのです。

両親は、驚いてたよ〜苦笑

栄養士の話も東京の話も、初めて聞いたからね。

 

親が知らないのに合格って不思議でしょ?笑顔

 

受験に上京したのではなく、栄養学を目指したきっかけが何かを原稿用紙何枚かに書いて送ったので、親は知らなかったのです。

断っておくけど、誰でも入れる学校では無かったからね〜kyu

スミトンが入った後、担任から「毎年受験する子がいるけれど入れない。栄養学校の先生に聞いて欲しい」と頼まれたよ〜

こんな事頼まれてもね、先生には聞けないよ苦笑

 

父ちゃんも母ちゃんも驚いていたけれど、東京に出してくれましたゆう★

 

『ひよっこ』を見てたら、なんて恵まれていたのか!とスミトンは思うけれど、その時は当たり前に思っていたのよね

親不孝な子だったよ汗

 

娘に言わすと「母ちゃんは、大金持ちでは無いけれど小金持ちの娘だ」と言われているよ涙

その通りで、我が儘です顔

 

 

そして学校は、全寮制だったのよね〜

門限は、21時だよ汗

全てが自主管理で、食事も当番制で作っていたよ〜

栄養学を学ぶものにとって当然かもしれないけどねニコ

 

みね子と同じで、一部屋6人で暮らしていたよ〜

上級生が2人とスミトン達4人の6人部屋で富山・長崎・北海道・鹿児島・沖縄と生活環境の違う娘達が一部屋で暮らしたのです。

 

3か月ごとに部屋変えが有ったので、いろんな県の人たちと仲良くなりましたゆう★

 

ひよっこ1

 

みね子と同じで、お布団6枚を並べ頭を突き合わせて寝たよおやすみ

 

みね子の部屋と少し違うのは、足元に座り机が有った事かな。

一応試験も有るから勉強をしなければならないしね苦笑

 

お風呂も近所の銭湯に行ったしね〜

みね子と同じで風呂桶抱えて、17時頃にはね。

 

ひよっこ2

 

スミトンが行っていた銭湯には、三助と言われた身体を洗ってくれる男の人がいたんだよね〜

初めの頃わからないので、木札を持ったおばちゃんの隣になると、いきなり三助が現れて驚いた驚いたマジで

 

ひよっこ3

 

お風呂帰りには、ラムネも飲んだよね〜

懐かしく思い出しならテレビを見ていますえへ

 

 

 


EXILEのプロジェクションマッピング見に行ったよ

ミシンの日の4日 スミトンは5日福岡教室が有るので博多にいました。

 

博多に出かける一週間前に、下記のイベントを博多ジモネタで見つけたよテゴシマーク

 

キャナルシティ博多で、運河と噴水の空間「サンプラザ」に約2500インチ相当の施設壁面及び、ガラス面を活かした日本最大級の3Dプロジェクションマッピングと、ウォータースクリーン、コンサートホール並みの音響、さらに照明演出が加わった、まさに、日本最大級の総合エンターテイメントをお楽しみいただけます、の宣伝文句を見つけ、見に行かないかと生徒にメールで誘ったよ笑顔

 

キャナルシティ博多が出来てから、ワシントンホテルに2000年まで毎年外国の講師と一緒に宿泊していたスミトンは、懐かしさと、上記の宣伝文句に誘われて、ファンでもないEXILEのプロジェクションマッピングを見に、生徒のMさんとSさんとで出かけたよ〜ゆう★

全員誘ったけど、来れたのが二人でした苦笑

 

そりゃ前日にメール貰っても困るよね〜

もっと早くに連絡入れれば良かったと反省したよ残念

 

キャナルシティ博多は、博多駅博多口から歩いても10分も有れば充分に着く距離なのに、歩きたくないスミトンの我が儘からタクシーに乗ったよ〜てへ

たぶんタクシーは遠回りしてたはず…トホホゆう★

 

 

噴水の会場は、初日という事も有って、着いたら満員だったよ〜若者でね! アハハハァ〜-▽-

 

プロジェクションマッピング1

 

スクリーンが大きいので見上げれば良いのだけど、スミトン達は三階まで行きました。

そこも混んでいたけれど、親切なお兄さん(おじさん?)が、Sさんに「僕は後ろでも見えますから」と場所を譲ってくれました!!

背の低いSさんが最前列になったおかげで、スミトンも何とか場所を確保笑顔

 

物凄い音響でEXILEの歌とダンスが始まったよキラキラ

 

プロジェクションマッピング2

 

プロジェクションマッピング3

 

おばさん三人は、初めの音に驚いて顔を見合したよ〜マジで

おったまげ〜だよえへ

 

でもねEXILEに興味は無いけれど、映像は綺麗でしたよゆう★

 

プロジェクションマッピング4

 

噴水も相まって、本当に美しかったよ〜キラキラキラキラ

もっと違うプロジェクションマッピングも見たくなりました。

 

プロジェクションマッピング5

 

ハウステンボスのも凄いと聞くから今度見に行きたいな〜

娘よ聞いてるかな?にこ

 

 

ショーはアッという間に終わり、食事(写真をとりわすれました)をしておしゃべりに花が咲き、楽しい時間もアッという間にすぎましたラブ

 

二人と話して元気になったスミトンは、帰りはタクシーではなく歩いたよ〜

回り道されると嫌だしね苦笑

 

本当に近い距離だもの!

ワシントンホテルを背にして、右に行って左に行って右に行ったら少し遠くに、博多駅が見えるのよ〜

暮れに陥没でニュースになった道路を歩くと、もう博多駅なんです!!

近いでしょ〜って言われてもこんな説明じゃね〜アハハハァ〜-▽-

元気ならタクシー乗るなんて考えられない距離なのよ

10分かからないで駅に着いたんではないかな?ニコ

 

二人とは博多駅で別れたよ〜

彼女たちは地下鉄に乗り帰宅です。

 

スミトンは博多駅1分の、宿泊二度目になるホテルクリオコート博多へ!

今回は何故かツインベットの部屋で、ソファーまで有ったのよマジで

 

クリオコート1

 

スミトンこのホテルお気に入りですラブ

 

クリオコート2

 

12月は、マッサージチェアーが付いてた部屋だったし、6月はどのような部屋だろうか?笑顔

 

今からワクワク期待大ですえへ

 

 

 


沖縄の義母の事

沖縄名護に住むお義母さんは、もうすぐ百歳になりますキラキラキラキラ

 

百歳の記念品 総理大臣から金杯を貰う(届く?)のを楽しみにしているのだそうですが、記念の金杯の金の純度が残念ながら低くなったんだよね〜顔

それだけ百歳越えの人が多くなったという事だよね〜

せめてお義母さんが頂いてから純度下げてくれれば良かったのにね苦笑

 

先日義妹から「二人で新聞に載ったよ」とLINEで写真が送られてきました。

見てみるとお義母さんは、お姑さんが織った芭蕉布の男性着物を着てて(ツレのお父さんのために織った着物)反物も持っています。

隣には義妹が写っていました。(美容院を経営している義妹と暮らしているのです。)

『整理していたら、これらが出てきた』と記事になったようです。

 

芭蕉布とお義母さん

 

以前ツレから、「おばぁや母は芭蕉布の着物を織っていたよ。おばぁが織ってくれた着物は夏でもべたべたしなく着心地良かったよ」と聞いていました。

 

結婚してすぐ沖縄に行った時に「お義母さんは、もう芭蕉風は織らないのですか?」と聞いたら、「おばぁに習って作ったけど、

忙しいし、おばぁのように上手でないから織らないよ〜。芭蕉布織るのは大変だからねぇ〜。おばぁの芭蕉布も機織り機も探せば有るけど、どこにしまったかなぁ〜」と返事がかえってきました苦笑

 

「戦後、物が簡単に手に入るようになったから、芭蕉布作りも下火になったしね」とも話していいました。

 

それでも戦後生まれのツレは、おばぁが作ってくれた芭蕉布の着物を着た小さい頃の記憶を、肌触りから鮮明に覚えていて、内地の浴衣とは全然着心地が違うと話してくれました。

 

この時、ツレがお義母さんに言っていたのよ。

「スミトンは布が大好きだから、母さん芭蕉布が出てきたら頂戴」って。

今思うと、その時出てこなくって良かったよテゴシマーク

出てきてたら、スミトンは着物をほどいてたかもしれないし、反物にハサミを入れてたかもしれません。

もったいなくって眺めてるだけかもしれないけれれど、眺めていたらきっとツレは「鋏を入れて何か作りなさい」と言ってたはずです。

 

本当にその時出てこなくって良かったよkyu

 

お義母さんと義妹は相談して、博物館に寄贈しようと思ってるんだって〜ゆう★

スミトンもそれがいいと思うよ。

皆さんに見て貰えて管理が良い所に有るのが一番良いよねテゴシマーク

 

そして、おばぁの作品は、おばぁの生きた証、嶺井家の歴史そのものだよねキラキラ

 

 

そうそう、約20年ほど前に、ジュディ・マチスンさんのマリーナコンパスの講習会を企画した時に、沖縄にも行ったのです。

その時に、平良敏子さんのアトリエをたずねました。

 

今は人間国宝になっている平良敏子さんは、芭蕉布作りが絶えそうになったのを復活させた人です。

平良さんからいろいろ芭蕉布についてお話を伺い、工房を親切に案内して頂きました。

 

平良さんの元には、内地から研修を受けに多くの若者が来ていました。

 

以前から芭蕉布がとっても気になったスミトンは、ブティック経営をしている義妹に、入手する方法は無いかな?と聞いたら、本物はとても高価で買えないけれど、今は化学繊維で出来た芭蕉布風の着物が売られていると、沢山の端切れを送ってくれました。

 

スミトンも牧志公設市場で反物を買って来たよ〜

もちろん芭蕉布の偽物をね笑顔

 

写真は、ごくごく一部です〜

 

芭蕉布モドキ

 

それで、10センチ角のブロックを沢山作ったけれど、繋いで一枚にしてないんだよね苦笑

 

今年はそれを仕上げるかな〜

もう少しブロックを作らなければならないけどね汗

 

 

そうそう、お義母さんの話題でもう一つ。

お義母さんって凄いんだよラブ

 

昨年暮れに義妹から「お母さんがぶつぶつ独り言つぶやいてるから、いよいよ呆けたかな?と思ったら、なんと明治天皇勅語(教育勅語)を唱えているんだよ〜」とムービーが送られてきたよマジで

 

一語一句違わずに暗唱出来てるって凄い事だよねキラキラ

頑張れ99歳なんていってられないよ!

 

もう完全にお義母さんに負けてるよ〜

スミトンちょい呆けどころじゃないもの〜アハハハァ〜汗

 

それにしても完璧に覚えているという事は、若い頃に相当訓練したんだよね

きっと強制的に覚えさせられたのかもしれません…しょぼん

 

でも今は、それを歌うように唱えているのは、良い事だよねニコ

 

そういえば、100歳以上の人をセンテナリアンて言うんだって〜

テレビで言ってたけど、初めて聞いた言葉だったよテゴシマーク

英語が出来ないスミトンだもの知らなくって当然ですがっ!!

何をえばってるんだかね…-▽-

 

スミトン娘とテレビを見ていて「母ちゃんもセンテナリアン目指そうっ〜と。Mちゃんと暮らすの楽しいし、たまには腹が立つけどね」と言ったら「私の方こそ母ちゃんに腹が立つわぁ〜」って返された〜トホホだよゆう★

 

「百寿者」って表現も素敵だけれど、センテナリアンキラキラってお洒落な言葉だよね笑顔

 

 

 


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